世界の片隅から

世界の片隅から“いのち”を伝える 2025年4月号

執筆者
新田 義貴
映画監督・ジャーナリスト
大井教会[東京]

1 戦争犠牲者の慰霊とは?

映画監督・ジャーナリスト
新田 義貴(にった・よしたか)

 

 

 

去年(2024年)6月23日、沖縄慰霊の日。僕は早朝から糸満市摩文仁にある平和祈念公園で撮影を続けていた。午後、公園内で大井教会の加藤泉さんはじめ女性連合の皆さんとお会いした。お互い沖縄にいるのでご挨拶くらいの気持ちでいたのだが、その場で翌年度の『世の光』での執筆の話をいただいた。そして今、最初の原稿を書いている。

ジャーナリストとして活動している僕は30年以上沖縄の取材を続けてきた。今、そのひとつの節目となる作品に取り組んでいる。テーマは沖縄戦の戦没者の“慰霊”だ。膨大な数の命が戦火によって失われた時、残された者はその死をどう受け止め、その霊をどのように慰めていくのだろうか。この根源的な問いが自分の心に生まれたきっかけとなった体験がある。かつて勤めていたテレビ局の仕事で、毎年慰霊の日は平和祈念公園から生中継を行っていた。画面に映し出されるのは、沖縄の人びとが涙ながらに「平和の礎(いしじ)」に刻銘された親族の名前を指でなぞり拝む姿だ。しかし一日中あの場所にいると、それとは違うさまざまな光景も目にする。自衛隊の有志は軍服を着てかつての日本軍司令官の慰霊塔を参拝し、元日本兵は亡き戦友の慰霊に訪れる。アメリカ軍もまた盛大な慰霊祭を行い、朝鮮半島の人びとは軍夫や慰安婦として動員された故人を悼み慟哭する。それぞれの慰霊への思いには微妙な温度差があり、交わることがない。そしてその分断こそが、今に至るまで沖縄が背負わされている重荷の本質なのではないか。この問題意識を出発点に、僕は15年前から人びとのさまざまな慰霊の姿を撮り続けてきた。

戦後80年の節目となる今年、その成果をドキュメンタリー映画『摩文仁』として劇場公開する予定だ。今、ウクライナやパレスチナ、ミャンマーなど世界中で紛争が絶えず、アメリカやヨーロッパなどでは自国第一主義が蔓延し世界の分断が進んでいる。この連載では僕が取材を続けてきた沖縄や中東、ウクライナなどの現場でクリスチャンとして受け取ってきた“いのち”のメッセージを綴っていきたいと思う。

(大井教会[東京]教会員)

ドキュメンタリー映画『摩文仁』:
シアターイメージフォーラム(東京・渋谷)にて6月21日からモーニング&レイトショー。
error: この記事は保護されています