『世の光」編集委員 花小金井教会(東京)
臼井 愛子(うすい・あいこ)
婦人連合結成時より共に働き、私たちの信仰を励まし、世界を知る扉を開いてくれた米国からの女性宣教師たちの神さまと人びとに仕える情熱と喜びに満ちた姿を思い起こします。お二人から寄せられたメッセージを紹介します。
■日本の女性たちの熱意に触れて
大上 ラナ(おおうえ・らな|引退宣教師)
私は、1973年の春、東京教会で女性たちが集まり、「日本バプテスト婦人連合」を組織したときのことをよく覚えています。
私はちょうどその頃、人生を失うような危機を乗り越え、この集会に参加するように勧められました。私は日本語をあまり理解できませんでしたが、日本の女性たちの熱意とこれからの伝道の将来に対する計画を知り、感動し、大いに励まされました! 松村あき子さんが会長に選出されました。誰もがわくわくしました。私は高知に帰り、日本の女性たちの前向きな姿勢と信仰から、課題に挑戦する勇気をいただきました。ラモナ・マーサ宣教師は、私に婦人連合にさらに関わるように勧めてくれました。 …1978年、私たちは横須賀に移り、私は日本バプテスト宣教団の代表となり、婦人連合と共に働くことになりました。私は役員会に出席し、そこで計画を練り、祈り、交わりを深めました。小羊会キャンプや婦人大会の計画、プログラム、また、宣教旅行の可能性についても話し合いました。私たちが取り組んだ大きなプロジェクトは、1989年に福岡で行われた百周年記念式典のために、日本バプテストメディアセンターと協力してビデオを作成したことです。悔い改めと未来への準備のためのわくわくするエキサイティングな時間でした。
(1998年度 副会長、1990~95年度 協力幹事)
■1973年「第一回婦人連合総会」の思い出
クラウディア・シェラー(引退宣教師)
この1973年の夏の天城山荘で、日本に来てまだ一年目の新米宣教師であった私は、日本語を学ぶのに苦労しているところだったので、総会の話し合いの間、夫の母であり、先輩宣教師でもあるヘレン・シェラーが小声で英語に通訳してくれました。私はその話し合いの経過の中で、自立しようとする力強い決意に、大切な意味合いが含まれていることを感じました。
天城山荘は、それぞれの地方の教会から来た女性たちとの出会いで活気に満ちあふれていました。食堂は楽しいおしゃべりで、とてもにぎやかでした。お風呂ではどなたかが私の背中を洗ってくれましたし、畳の部屋では、女性たちが新しい方がたと一緒に、輪になって熱心に祈りをささげました。
あの記念すべき総会の活気に満ちた心からの思いは、英語に訳してもらう必要がありませんでした。この新しい自立した組織、婦人連合の女性たちは、イエスへの深い愛を見せてくれました。彼女たちは、それぞれの地方の教会にある婦人会を励まし、教会への出席と聖書の学びを促し、自分の時間と献金をささげ、神を知らない人びとのために祈り、イエスへの深い愛を示しました。
世界中に宣教師を送り出すという強い願いを持っていました。そうです。彼女たちは …イエス・キリストの命令に応えていたのです(マタイ28・19~20)。
(1995~98年度 副会長)