エッセイ

あなたに出逢えて良かった 2026年8月号

執筆者
江原都代子
所属教会
相模中央[神奈川]

そこにおさな児はいた

江原都代子(えはら・とよこ)
女性連合元会長、連盟元タイ派遣宣教師、相模中央教会員[神奈川]

幼稚園児のころ、園長のご住職が仏話のほかに芥川竜之介(あくたがわ・りゅうのすけ)の『蜘蛛の糸(くものいと)』や宮沢賢治(みやざわ・けんじ)の『銀河鉄道の夜』の中の「蠍座(さそりざ)」の話をしてくださった。姉と通った教会の日曜学校でも畳の間にちょこんと座って聞いた「天国の門は駱駝(らくだ)が針の穴を通るよりも狭い」を懐かしく思いだす。

コロナ前のこと。蛭川潤子さん(元女性連合会長)から「教会にあなたの著書に登場する牧師のお子さまがいる」との知らせを受けた。1935年(私の誕生年)に旧満洲、撫順(ぶじゅん)ホーリネス教会の牧師として就任された原田要蔵(はらだようぞう)牧師の娘さんだと聞いて心が躍った。時は日本が起こした十五年戦争のただ中、原田牧師は治安維持法によって弾圧を受けて何度も拘束されたと聞いている。ここにおさな児の証言を紹介したい。

「拘置所に父を尋ねた時、『地下牢の階段を降りる途中、ギョロギョロの目玉が増えてきたので母の背中にしがみつく夢を見た』と話すと「それは夢じゃない。本当のことよ」と母は乳飲み子の記憶力に驚いた。父はシベリヤ抑留から帰還すると開拓伝道に専念、大家族の生活は貧しく空っぽの米びつに手をおいて祈る日が続いたが『その果てを見よ!だからね』と六人のおさな児たちをみ言葉で励ましてくれた」。

後日、父上の記念会に招かれてお子さん方とお逢いした。語り合ううちに85年の時を越えて結び合わせてくださった神の不思議に感動し、皆で感謝の祈りをささげた。このとき「私がイエスさまに出会えたのは福音宣教のために遣わされたご一家があってのこと」が「全世界に出て行って福音を宣べ伝えよ」のみ言葉に繋がった。

信仰の先輩、飯島多嘉子(いいじま・たかこ)さん(大井教会出身)のあかし
「夫は済州島に配属。ソ連軍が突然チチハルに侵攻してきたとき一歳の子を背負い二歳の子を前にくくり、両脇に布団・便器とおむつをもっての脱出は無理だと死を覚悟した。しかし、牧師をはじめ教会の方がたに助けられて無蓋(むがい)貨車(※)でハルビンへ脱出、更にコロ島へ到着した。だが港は氷結して待たされ、やっと船で佐世保に着いた時は瀕死状態で私は地面に放置されてしまったが『祈られている』と希望を持ち続けた。奇跡的に『この人、まだ生きてるよ』の声で発見されて一命をとりとめた」(お子たちは同行者が保護してくれていて無事だった)。

私の引き揚げ体験とは桁(けた)違いの苦難のなかで「神が共にいます」のゆるぎない信仰と「祈られている」確信に生きた多嘉子さん、その信仰を母の背中でじかに受けとめた当のお子さまが「母のあかし」を送ってくださった。戦争体験記のなかで心が揺さぶられるのは、おさな児たちが母の背で受けた戦争の真実な証言だ。戦争は始まると果てしなく続いて終わることをしらない。非武装・不戦を護る日本の素晴らしい「憲法九条」が世界中で注目されていると聞いているが、加えて「神の平和」がなりますようにと祈り続けていきたい。

ヨブの忍耐について聞き、主が最後にどのようにしてくださったかを知っています。主は慈しみ深く、憐れみに満ちた方だからです」(ヤコブ5・11bc)

※ 屋根のない、箱形の貨車。石炭や砂利・鉱石、木材・車両あるいは工作機械など、濡れてもよいものを輸送するのに用いられる(精選版 日本国語大辞典)。

error: この記事は保護されています