十字架 我が心の歌
江原都代子(えはら・とよこ)
女性連合元会長、連盟元タイ派遣宣教師、相模中央教会員[神奈川]
新生活を歩み出した時から礼拝は前の方に座ってささげたいと思ってきたので、夫は新来者と前列に、私も奏楽のために楽器の近くに座るのが普通になっていた。耳が遠くなった今も近くで説教を聞き、賛美に祈りに「アーメン」と応答し、終祷後に牧師から祝福を受ける子どもたちの笑顔に微笑みをかえしながら喜んでいる。今でも「淳(じゅん)さんの後ろ姿を見て励まされていた」の言葉を聞くと、後ろ姿でさえ主は益としてくださったことに驚いている。夫は牧師退任のあと、壮年クラスに参加する機能がおちたと自覚してか、会堂で十字架を仰いでいる姿を見るようになった。救われた喜びを言葉で表わせない無念さを察した私は彼の書き物から85編を選んで『十字架 我が心の歌』と題して本を出すことにした。自分の業(わざ)を残さないことを「信仰のロマン」としてきた人なので躊躇(ちゅうちょ)しながらの出版だった。いざ本ができあがると愛(いと)おしそうに抱きしめていたが感想の言葉は聞けなかった。
教会での出版記念コンサートは、福永保昭牧師(ふくなが・やすあき、現・恵泉教会牧師)のパイプオルガン演奏で始まり会場に喜びの声が広がった。エッセイの朗読、スライドでのエピソード紹介、家族総出の演奏の合間に司会者が挨拶をするようにと促(うなが)した。慌てた私は「話すのは無理」と制したが、当人は手を引かれながら嬉しそうに登壇すると満面の笑顔で「皆さんの顔はいいですね。私の顔もいいでしょう。でも、もっと素晴らしいのはあのイエスさまです」と十字架を指さした。そのとき「無理」だと制した自分を恥ずかしく思った。遠来の方がたと顔を合わせて著書を贈る姿は感動的だった。その光景を見た友人に「まるで生前葬みたい!」と声をかけられた時は驚いたが、今では「皆さんに逢えて、握手もできて本当に良かった」と感謝している。
徐々に教会出席もままならなくなって彼は一般療養型病院に入ったが、患者家族として病院に益することはないかと想い廻らしながら毎日訪ねていると、不安の中にいる家族と見舞う人のいない患者の姿が見えてきた。やがて病院から最上階特別室が提供されたので教会の出張聖餐チームに患者も招いて礼拝をささげるようになった。院内コンサートを申し出ると、車椅子やベッドで参加した患者や介護者に笑顔がこぼれ、医師も看護師も音楽による癒しの効果を喜んで何度も招いてくださった。
主は一人の患者を用いて「病院を楽園」に変えてくださった。ハレルヤ!
「四人の男が中風の人を運んできた。しかし、群衆に沮まれて、 イエスのもとに連れて行くことができなかったので、 イエスがおられる辺りの屋根をはがして穴をあけ、病人の寝ている床をつり降ろした」
(マルコ2・3〜4)